2015年7月4日土曜日

元C-C-Bのキーボード担当、田口智治容疑者(54)を覚醒剤所持容疑で現行犯逮捕 外国人密売グループの携帯電話から浮上

元C-C-B 覚醒剤所持か 売人の携帯から“アシ”

2015/07/02 18:02



人気ロックバンド「C-C-B」でキーボードを担当していた田口智治容疑者(54)は2日正午前、東京都足立区の自宅で覚醒剤約2g、末端価格14万円ほどを所持していた疑いで現行犯逮捕されました。

警察によりますと、外国人密売グループの携帯電話を解析した結果、田口容疑者が浮上したということです。自宅からはガラスパイプも見つかり、田口容疑者は「使用するために持っていた」と容疑を認めています。

参照元 : テレ朝ニュース


田口 智治(たぐち ともはる、1960年10月27日 - )は日本のキーボードプレイヤー。1980年代に活躍したC-C-Bのメンバー。身長169.5cm。現在は音楽活動の傍ら、地元である東京都足立区を中心にボランティア活動にも力を入れている。



人物・来歴
東京都足立区出身。二人兄弟の次男。キーボード奏者・ピアノ奏者としての評価が高く、クラシック、ポピュラー、ハードロック、プログレと、ジャンルを問わない。また、その感性豊かに奏でる音色を音楽療法やボランティア活動に活かし、音楽を通じての社会貢献を積極的に試みている。以前よりクリスチャンであったことを明言している。

10代の頃よりアマチュアバンドで活動、キーボード奏者として名をあげる。高校に通っていた頃、かつて同じバンドで活動していた伊藤真視の誘いを受けて、近藤真彦のバックバンド「ダブルス」に加入。プロのキーボード奏者として活動を始める。ダブルスのメンバーとしてそれなりの収入もあったが、個性を発揮しきれないジレンマも感じていた。また、「大手のジャニーズ事務所の傘の下に所属していれば安泰だろう」と揶揄されたこともあり、ミュージシャンとしての個性や可能性を伸ばしたいと考えるようになっていた。

1984年初め、アマチュアバンド時代より交流のあった渡辺英樹や笠浩二が参加していたC-C-B(当時はCoconutBoys名義)の初期メンバー2名(キーボーディスとギタリスト)の脱退を知る。C-C-Bのキーボーディストへの誘いを受けたが当初は断っていた。しかし上記の理由もあり、考えた末に受諾する。C-C-Bの2枚目のシングル『瞳少女』から正式にメンバーとしてレコードジャケットにクレジットされる(ギタリストの米川英之も同時期に新メンバーとして加入)。ダブルス時代と違い収入は激減、アルバイトを兼業しながらバンド活動を続けた。

1985年に『Romanticが止まらない』でブレイク(C-C-Bでの活躍はC-C-B#バンドの構成・特徴・総評など参照)。以降、生活が激変するほど多忙になる。

オリジナルアルバムに多く収録されている楽曲の作曲・編曲にも才能を発揮する。プログレやハードロック、クラシックの要素を取り入れた作曲やアレンジは他の追随を許さないほど豊かな感性で彩られ、メンバーも一目置く存在となり、特にレコーディングや楽曲作りに重点を置き始めた中期以降はC-C-Bの音楽性を牽引する一人となった。

1989年のC-C-B解散後は特定のバンドに所属することはなく、多くのアーティストやバンドとのセッションやユニットに参加。C-C-Bの元メンバーとユニットを組んでライブを行うことも多い。

2004年、渡辺英樹、米川英之、田口の3名でユニット『ヨネタワタル』を組み、7月6日に青山円形劇場でライブを敢行。チケットは即完売となり、7月8日に追加公演が決定する盛況を収めた。

2011年7月、『ヨネタワタル』にファンキー末吉をサポートミュージシャンに迎え、『AJ-米田渡-』名義のユニットを組み、神戸CHICKEN GEORGE ・名古屋BOTTOM LINE・渋谷DUO MUSIC EXCHANGEで、C-C-B時代にメンバーが作った楽曲を主にセットリストにしたライブを行った。同年10月27日には同じメンバーで『田口智治Birthday Live「田口★祭」』を Mt.RAINIER HALL SHIBUYA PLEASURE PLEASUREにて行った。

2012年10月27日、再び田口の名を冠したライブ『田口智治Birthday Live「田口★祭2」』をAJ-米田渡-のメンバーで開催。「田口★祭」が毎年恒例になるか、具体的には未定であるというが田口は「(出来れば)続けたい」とライブのMCで語った。

※2011年以降『AJ-米田渡-』は年に数回ライブを行っている。その全てに田口は参加している(『C-C-B#AJ-米田渡-』項参照)。

電子楽器のキーボードを演奏することから、機械全般に詳しいと思われがちだが、実際はあまり得意ではない。一台で何通りもの音色(おんしょく)を奏でるキーボードは演奏中に手早く設定を変える操作などが必要になるが、田口はその操作が得意ではないため、必要な音色を設定してある複数のキーボードを配置して演奏をしている。設定を変える必要があるときは曲と曲の合間(MCタイム)や、共演者がソロ演奏をしている際に行なっている。AJ-米田渡-ではC-C-B時代に愛器としていたJupiter-8も使用している。

ファンキー末吉が経営するライブハウスでは『田口Bar』と銘打ち、ひとりでライブを行うこともある(歌とピアノとトーク)。また、ステージを降りて客席で酒の相手もする。時には自ら肴を用意して提供している。得意料理のひとつタンドリーチキンは定番メニューである)。

ライブで歌う機会も増えた(AJ-米田渡-でのボーカルや、B×B、田口Barでの弾き語りなど)が、複雑なメロディラインやコード進行を弾きながらの歌唱は基本的に苦手である。 酒も煙草も嗜む。甘い物も好んで食しており、C-C-B時代はかなり痩身だったが中年期以降、やや豊かな体型になった(本人はさほど気にしていない)。近年は年齢相応に老眼の兆候が出始めたため、日常的に眼鏡をかけている。また帽子も好んで被っている。C-C-B時代から温泉が好きで暇を見つけては出掛けている。

家族と同居していた頃は家事の一切を担っていた。愛猫家である(自身のHPやfacebookに愛猫の話題や写真を掲載することが多い)。

2015年4月27日、腹部に強い痛みを訴え入院(5月8日に退院)。5月16日に渡辺英樹とのユニット・TANaBEのライブで仕事復帰した。

2015年7月2日、覚せい剤取締法違反(所持)の疑いで逮捕された。

参照元 : wiki/田口智治

0 件のコメント:

コメントを投稿