2015年5月18日月曜日

【悲報】体操女子で北京、ロンドン両五輪代表の鶴見虹子(22)がアキレスけん断裂 現役引退の可能性も

鶴見が右アキレスけん断裂=現役引退の可能性も―体操NHK杯

2015年5月17日(日)20時51分配信



体操女子で北京、ロンドン両五輪代表の鶴見虹子(22)=日体大=がNHK杯で右足を痛めて途中棄権し、神奈川県藤沢市内の病院でアキレスけん断裂と診断された。18日に手術を受け、今年中の復帰は難しいとみられる。

鶴見は平均台の着地で転倒し、最終種目のゆかの直前練習後に棄権。日体大の瀬尾京子女子監督は「今年で大学も終わり。(復帰が)来年となると、モチベーションとして難しいのかな」と、現役引退の可能性も示唆した。

鶴見は2009年世界選手権の個人総合で銅、種目別の段違い平行棒で銀メダルを獲得。ロンドン五輪後はけがに悩まされ、昨年4月には左アキレスけんを断裂した。

参照元 : 時事通信



左アキレスけん断裂の次は右アキレスけん断裂ですか。これは酷い・・・

鶴見選手、年齢のわりに見た目が幼いですね。なんとかケガを治して復帰して欲しい。




2015年5月9日土曜日

【訃報】 俳優・柳生博さん(78)の長男で、園芸家の柳生真吾さん(47)が咽頭がんで死去

園芸家の柳生真吾さん死去 47歳 NHK「趣味の園芸」出演

2015年5月8日(金)11時29分配信



NHKの園芸番組「趣味の園芸」のキャスターを務めたことでも知られ、俳優・柳生博(78)の長男である園芸家の柳生真吾(やぎゅう・しんご)さんが2日午後11時40分、咽頭がんのため甲府市内の病院で亡くなった。47歳。東京都出身。7日に家族葬を行った。8日、公式ブログで発表された。

真吾さんの弟で、レストラン併設のアートギャラリー「八ヶ岳倶楽部」(山梨県北杜市)店長の柳生宗助さんが「皆さまに悲しいご報告をしなくてはなりません。去る5月2日、八ヶ岳倶楽部の代表であり、私の兄である柳生真吾が咽頭がんのために生涯を閉じました。享年47歳でした」と報告。

「私たちは、ゴールデンウイークに全国から来られるお客さまを心からお迎えすることが、一番兄が願っていたことだと思い、営業を続けることにしました。また昨日5月7日に静かな雰囲気の中で、家族葬を執り行いました。そのため、皆さまにご報告が遅れたことを深くお詫び申し上げます。皆さまには生前大変お世話になり、心より感謝しております。ありがとうございました」と謝辞をつづった。

真吾さんは玉川大学農学部卒業。2000年から8年間、NHK「趣味の園芸」のキャスターを務め、若い世代にも園芸の魅力を伝えた。18日午後1~7時に八ヶ岳倶楽部で「お別れ会」が営まれる。

参照元 : スポニチアネックス



真吾さんの父で俳優の柳生博さん



47歳ですか・・・早すぎる死。ご冥福をお祈りいたします。

<ネットユーザーの反応>
「病院にいかなきゃ助かったかも」

「母ちゃんがこの番組見てたから知ってる。親父より先に亡くなるとは、ご冥福をお祈りします」

「まだ若いのになぁ」

「ハンターチャンス!」

「親父は数年前に死んだばっかやん。早死やな」

「親父より先に逝ったのかー、親不孝ものめ(´;ω;`) 」

「笑った顔が父親そっくりだったね。健康的な生活してるイメージだったのに病死なんて皮肉なもんだ」

「咽頭がん多いな」

「不謹慎だがこれ以上良い遺影もないな」

「若すぎるな…」

咽頭がんの原因は放射能か?

南相馬市に・・・

2011年11月29日

ついに福島に!

福島・南相馬市にみんなの気持ちがこもったスイセンの球根が届けられました。

半径20キロの検問所や仮設住宅、津波被災地・・・

日比谷花壇さんのこのレポートは改めて震災その後を考えさせられます。

春を、未来を明るいものにしたい!

出来ることは少ないかもしれないけれど、役に立ちたい・・・

想いを馳せます。

馳せましょう!

参照元 : みんなのスイセンプロジェクト

また抗がん剤治療で殺されたか・・・

2015年5月2日土曜日

【訃報】大ヒット曲「スタンド・バイ・ミー」で知られるアメリカの歌手、ベン・E・キング氏が死去

「スタンド・バイ・ミー」のベン・E・キング氏死去

2015/05/02 08:32



世界的な大ヒット曲「スタンド・バイ・ミー」で知られるアメリカの歌手、ベン・E・キングさんが亡くなりました。76歳でした。

キングさんは、先月30日にアメリカ東部ニュージャージー州で亡くなりました。1938年にノースカロライナ州で生まれ、1958年に「ドリフターズ」の一員となりましたが、その後、ソロに転向しました。1961年に発表した「スタンド・バイ・ミー」が世界中で大ヒットしました。

その後も、ジョン・レノンさんなど著名なミュージシャンにカバーされたほか、1986年には同じ名前の映画の主題歌となり、リバイバルヒットしました。3月には、アメリカ議会図書館が「20世紀に最も放送された曲」の一つとして保存指定リストに加えています。

(C) CABLE NEWS NETWORK 2015

参照元 : テレ朝ニュース


ベン・E・キング氏死去(米ソウル界の大御所)

2015/05/02-00:36

【ニューヨーク時事】名曲「スタンド・バイ・ミー」で知られる米ソウル界の大御所ベン・E・キング氏が4月30日、米ニュージャージー州の自宅で死去した。76歳だった。関係者が1日発表した。

1938年、米ノースカロライナ州生まれ。58年に黒人のR&Bグループ「ザ・ドリフターズ」の一員として歌手デビュー。60年にソロに転じ、61年に発表した「スタンド・バイ・ミー」が人気を博した。

「スタンド・バイ・ミー」は故ジョン・レノン氏、レディー・ガガさんらがカバーしたほか、86年に米小説家スティーブン・キング氏原作の同名映画の主題歌として使用され、日本など世界各国で再び大ヒットした。

これまで10回以上来日した親日家で知られ、東日本大震災後には被災地を訪れ、復興支援にも熱心だった。

参照元 : 時事通信



ベン・E・キング(Benjamin Earl King、本名Benjamin Earl Nelson、1938年9月28日 - 2015年4月30日)はアメリカのソウル歌手。「スタンド・バイ・ミー」のヒットで知られる。



略歴
ノースカロライナ州生まれ。1958年にリードシンガーとしてドリフターズに加入。「ダンス・ウィズ・ミー」、「ラストダンスは私に」などの数々のヒットを放つ。

1960年にドリフターズを脱退しソロ歌手に転向。1961年に「スタンド・バイ・ミー」の大ヒットを放った。この曲はスタンダードナンバーとしてジョン・レノンをはじめ多くの歌手にカバーされている。1986年には映画「スタンド・バイ・ミー」の主題歌に起用されてリバイバルヒットした。

ベン・E・キング・スタンド・バイ・ミー財団を設立し、慈善活動を行っていた。

2015年4月30日死去。76歳没。

参照元 : wiki/ベン・E・キング